モンサンミッシェル紀行 2012年6月

古い港町オンフルールを経由してたどり着いたモンサンミッシェル。お久しぶり。だがそこは、なんと雑踏の道に変わっていた。 細い道は、原宿竹下通りか軽井沢銀座。観光客がひしめき合い、身をよけるように歩いていた。そこには時折、多くの中国人観光客の声が飛び交っていた。

300余段の階段、久しく逢っていない修友に逢えるという思いが私の足に力を与えた。

モンサンミッシェルのエルサレム会の修道院は、階段の中腹の狭い民家を借りて住むようになっていた。祈りの度に聖堂まで数百段の階段を駆け上り、そしてまた、階段を下りなければならないようになっていた。雨の日、風の日、雪の日、私には、住めない場所だとつくずく思いを深めた。

修道院の入り口は、古びた小さな扉だった。そして急な階段が二階へと続いていた。

二畳くらいの台所で昼食の準備をする若い修道士の入れたコーヒーが美味しかった。沈黙が常の台所だが、額をつき合せクスクスと笑いながらまた深刻に. . .. .語り合った。彼は、私のいるヴェズレーよりモンサンミッシェルに派遣された。だから共通の話題がいっぱい。     時は待ってくれない。同行した日本人の       グループに合流するため、別れの祝福の言葉を告げた。

モンサンミッシェルは、遠く遥かに望むのが一番美しい。

アトリエ風の琴 の紹介

シター(弦楽器)、パイプオルガン、コト・モノコード(弦楽器)、琴、十七弦奏者 パリ・エルサレム会会員
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